神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張など。
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大学院を良くするには:寄付文化と国債

1年ほど前になりますが、「日本の大学院(研究系)改革の私案」というブログを書きました。その最後で、「 では、その財源をどこから出すのか?」ということで、考えてみたいと書きました。今回はこのことについてです。
日本の大学院(研究系)改革の私案
http://masahitoyamagata.blog.jp/archives/2056103.html

米国の一流大学の豊かさ
私はハーバード大学にいるのですが、世界で最も有名な大学の一つであるというのは多くの人が認めるのではないでしょうか。もっとも、お金があるわりに大したことをやっていないのではないか、という批判もあると思いますが。。

以下はハーバード大学の金持ち度の説明ですが、円ドルの為替相場や年によっても変わるので、大雑把な話として理解してください(つまり正確な数字ではないと言うことですが、およそそういう感じということです)。ハーバード大の場合、寄付金を集めてきた「大学基金」は、大学基金としては世界最大で3-4兆円あると言われています。そして、それを運用して、お金を稼いでいます。大学基金というのは、世の中にある投資資金としてはユニークなもので、その運用も独特なものがあると言われています。

ところが、ハーバード大学の場合、今年は大学基金の運用に失敗して、2%のリターンしかでなかった。こんなリターンなら、何もせずに銀行に預けておいた方がずっとよかったのではないか、ということで、運用担当者の報酬が減らされたということです(運用担当者の年収が数十億円あると言われている)。しかしながら、数年前には、15%のリターンがあったということですから、3-4兆円の15%ということですと、5000億円というようなリターンが1年にあるわけです。そして、こういうお金は大学がほとんど自由に使えるというわけです。ちなみに、日本の日本学術振興会の科学研究費補助金の総額が年額2500億円ということですから、一つの大学の大学基金の運用だけでそんな規模のお金を稼いだり、失ったりしているというのが、ハーバード大学の実態ということになります。

大学基金について(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/大学基金

ハーバード大学基金(英語)
http://www.harvard.edu/about-harvard/harvard-glance/endowment

ハーバード、イェールが高利で運用できる理由(大学基金運用の特徴)
http://toyokeizai.net/articles/-/84763

ハーバード大:寄付基金の一部職員に報酬満額支給せず-運用不振で
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-11-29/OHDOM06KLVRL01

ハーバード大学は巨大投資ファンド
http://madeinjapan13.hatenablog.com/entry/2013/11/14/022958

ハーバードはじめ名門教育機関は「教育」で儲けていない
http://www.r-agent.com/guide/news/20110929_1_4.html

多額の寄付を競う

[Naito Laboratory @ Harvard University]


そして、こういう基金に入るお金だけでなくて、もっと使用目的を指定したような寄付も多い。大富豪が何百億円というお金を寄付してくれる。最近では、 公衆衛生大学院(HSPH)に367億円の寄付があったというのが話題になりました。公衆衛生大学院は、この寄付で、その大学院の名前に寄付者の名前が付くことになりました。更に、その後、それを上回る500億円という大口の寄付で工学部に相当するSEASという大学院にその寄付者の名前が入るようになりました。大学内では、ほとんどの建物や偉い教員のタイトル(いわゆる「Named Professor」)にそういう寄付者の名前が入っているわけです。科学系でいうと、ハーバードのChemistryの研究棟には、Naitoという名前が付いていますが、これはエーザイ関係の寄付です。こういうのは、日本の球場やスタジアムの命名権みたいなものなのでしょう。

ハーバード大に史上最大の寄付367億円、超大型寄付相次ぐ背景
http://media.yucasee.jp/posts/index/14300

ポールソン氏がハーバード大史上最高額の500億円寄付
http://media.yucasee.jp/posts/index/14757

ハーバード公衆衛生大学院
https://www.hsph.harvard.edu

ハーバードSEAS
http://www.seas.harvard.edu

アメリカは寄付金が多く、日本は寄付金が少ない(ハーバード大学公衆衛生大学院 留学記)
http://blog.livedoor.jp/harvard_mph/archives/2895077.html

米国の寄付文化
大富豪が、数百億円という寄付を次々としてくれる。公衆衛生大学院への寄付の場合は、香港からの寄付ということですが、こういうのも米国で盛んな大学等への寄付行為に触発されて行われるのではないでしょうか。日本に比べて、米国でこうした寄付が盛んなのは、大富豪が本当に大富豪であること、卒業生がそういう大富豪になっていること、税制の違い、大学の事務や教員などを動員してのキャンペーンがあるでしょう。ハーバード大学の場合、寄付集めに関わる事務員が約500人いるということです。そして、特に、おそらく宗教に背景をたどることができる「寄付文化」というのもあるのでしょうね。キリスト教は博愛の宗教であるということなのでしょうが、その起源は特に富豪が多いユダヤ人の旧約聖書にもある1/10の寄付の記述にあるのでしょう。

旧約聖書の「申命記」(口語訳聖書より引用)
「三年の終りごとに、その年の産物の十分の一を、ことごとく持ち出して、町の内にたくわえ、 あなたがたのうちに分け前がなく、嗣業を持たないレビびと、および町の内におる寄留の他国人と、孤児と、寡婦を呼んで、それを食べさせ、満足させなければならない。そうすれば、あなたの神、主はあなたが手で行うすべての事にあなたを祝福されるであろう。」

Divinity School@ Harvard University

ところが、日本の場合、大富豪というのもそんなに多くないし、こういう寄付文化というのがない。こういうのを変更しようとしたら、税制の大幅な改革も必要でしょうが、日本でキリスト教・ユダヤ教を布教して、多くの人をこういう宗教に改宗するということをやらないといけないでしょうね。でも、そんなことはできるわけがないのです。

つまり、日本の「寄付文化」の熟成に期待するような大学や学術発展のための施策はうまくいくはずがないと思います。こういう期待に基づくような施策は諦めてやめるべきではないでしょうか。

国からの交付金減額 寄付金集め、国立大も力
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO08501420Y6A011C1TCN000/
「ハーバード大は約500人のファンドレイザーを抱えているという。片や日本の国立大は、寄付募集の専門人材は数人という大学が大半だ。」(日経記事から引用)

日本で人材育成、研究のための国債を
もちろん、ハーバード大学の場合、こういう寄付も大学の教育や研究を動かしているお金の一部です。本当は高額だといわれる学費、研究のための研究費(NIH、NSFとか、民間財団の研究費、そしてそれらの間接経費など)もあります。そして、優秀な学生さんが学費を支払うことができなければ、それを完全に支援することができるのも、こうした豊かで自由に使える資金の存在があるわけです。

最近の日本の大学には、お金がないという内容のニュースが連日のようにでてきています。私は、もちろん、日本の大学の構成員や学長などを含めて、守ろうという姿勢ばかりが強くて、攻めようという意識に欠けるような運営のあり方に根本的な欠陥があると思っていますが、でも、やはり使えるお金の絶対量が不足しているというのは事実なのだと思います。

ところが、最近、興味深いニュースを見かけました。人材育成目的の「国債」を自民党と野党である民進党が提案しているということです。細かな点では違いがあるのかもしれませんが、新しいタイプの国債を、与野党が検討しているという点で注目すべきであると思います。

自民 教育財源に無利子国債検討など提言案(リンク切れ)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161127/k10010785701000.html
「自民党の教育再生実行本部は、格差の克服に向け、教育への投資を充実させる必要があるとして、いわゆる「無利子国債」も新たな選択肢の一つとして検討することなどを盛り込んだ提言案をまとめ、近く安倍総理大臣に提出することにしています。提言案では「格差克服のための教育投資として、経済的負担の軽減や学校の教育力の向上、家庭や地域での取り組みへの支援などを総合的に推進する必要がある」としています。そのうえで、必要な財源を確保するため、利子をつけない代わりに相続税などを軽減する「無利子国債」の発行を新たな選択肢の一つとして検討するとともに、将来的に消費税の使い道に教育を明確に位置づけるべきだとしています。」(リンク切れのため、NHKのウェッブサイトから引用)

自民党 教育再生実行本部 第七次提言
https://www.jimin.jp/news/policy/133741.html

第39回 教育再生実行会議 配布資料
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai39/siryou.html

民進 大学までの教育無償化を衆院選公約に(リンク切れ)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161201/k10010790781000.html
「骨格案は、安倍政権の経済政策を根本的に見直して、子どもや若者、それに女性に重点を置いた「人への投資」に転換するとしていて、幼稚園などの就学前教育の費用や、小・中学校の給食費、それに大学の入学金や授業料などを無償化することで、「教育の無償化」を実現するとしています。そのうえで、必要となる財源として、子どもに関する施策に使いみちを限定した「子ども国債」という新たな国債発行による収入や、所得税の配偶者控除を原則として廃止することによる増収分、それに消費税率を10%に引き上げた際の1%分の税収などを明示しています。」(リンク切れのため、NHKのウェッブサイトから引用)

日本では、財政法第4条によって、建設国債の発行が行われて、建設、例えば新幹線や高速道路などの建設目的に使われてきました。ところが、1990年代の科学技術基本法の策定のころから、建設国債の一部が、科学技術研究も公共投資であるという立場からJSTなどの研究に使えるようになったのです。この裏技を始めたのは、今年亡くなった加藤紘一氏とか、尾身幸次氏などの尽力によるものと思います。ただ、建設国債であるために、研究の「応用」志向が高まったという弊害もあったのではないか、と思います(基礎科学研究者の立場から)。
https://ja.wikibooks.org/wiki/財政法第4条

もちろん、国債というのは、借金なのですから、国民の一部には、新しい国債の発行には非常に嫌悪感を抱く人たちがいるのも事実です。ただ、少し冷静に物事を考えてみる必要があると思います。

国の借金1062兆円 「国民1人当たり837万円」の誤解
https://zuuonline.com/archives/130370

「国債が借金であることは事実であるが、それは形式的な議論でのみ妥当するのであり、国債とは本質的には、総支出(総需要)を調節するための手段でしかないのだ。」(ラーナー「雇用の経済学」)

つまり、国債の発行もそんなに悪いことではない。最近の新しい新幹線はよくわかりませんが、例えば東海道新幹線を国債で作ったことに意味がなかったとする論者はほとんどいないのではないか、と思います。特に、人材育成として、日本の未来の投資になるような借金なら、「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」とした米百俵のお話ではありませんが、悪い話ではないでしょう。実際、日本には、活用されずに眠っているだけのタンス預金が多量に存在しており、こういう国債なら購入してみたいという人も多いようです。

自民党の提案、民進党の提案の具体的な内容はまだよくわかりません。おそらく検討段階でこれから議論して煮詰めていくのでしょう。財政法第4条の改正により、建設国債だけでなく、教育目的の国債を発行できるようにするということなのだと思います。ただ、残念なのは、現在の議論では、その支援対象が、大学までになっているのではないか、ということです。

私が今回提案したいのは、この国債による財源を使う対象として、大学というより、「大学院の無償化、支援(学生を研究者として給与支給)」、「大学の運営(運営費交付金)」、更に「科研費の助成対象となる基礎研究」にも使えるようにしていただきたいということです。民進党が提案するように「子ども国債」なんていう名前をつけたら、大学院や基礎研究には使えなくなりますね。未来への投資なのですから、やはり福祉的な使用というより、真に将来性のあるところ、つまり先端の研究や人材育成への投入を優先してほしいと感じます。つまり、学生のレジャーランドとなっているような大学に金をばらまくより、トップクラスの大学院に金を投資した方がよいのではないか、ということです。

おそらく、大学の研究者などが、私の主張しているような内容、つまり「大学院」「基礎研究」にも、ということをもう少し声を上げれば、新しい国債でサポートする項目のなかに、こういうものも入れることができるのではないか、と思うのです。今がチャンスであると思います。数兆円規模の財源が確保できたら、競争的な科研費の年ごとの総額を現在の2500億円から倍増したり、日本の大学院や大学の現状というのは劇的に変わると思うのです。そして、これが、大学院生の支援に使えるようになるのではないか、ということです。




ハーバード大学の秋の風景