神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張など。
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昨今の学術発表を考える(その2)学術発表とNFT?

今回は今話題のNFTについて書いてみたいと思います。

わたしの関心の高いこととして、キーワードとして「バイオ」「学術出版」「NFT」ということになると思います。したがって、NFTをめぐる投資とか、デジタル芸術作品とか、メタバースとか、そういうところは、既に多くの解説があると思いますので、今回は基本的に扱いません。


NFTとは?
とは、言っても、基礎科学系の方、特にバイオ系の方には、NFTという言葉自身に馴染みの薄い方が多いのも事実です。それは基礎科学とは関係なさそうだからということなのでしょうが、実は大いに関係あるかも、ということを説明するのが今回の目的です。それは、学術情報の扱いや研究費、更には教育という、かなり重要なことに関わることなのです。

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NFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)については、改めて説明する必要はないと思いますが、2021年のコリンズ英辞典で、2021年の英単語に選ばれたように、流行語の一つになっています。

コリンズ英辞典によると、

「a unique digital certificate, registered in a blockchain, that is used to record ownership of an asset such as an artwork or a collectible」
「美術品や収集品などの資産の所有権を記録するために使用される、ブロックチェーンに登録された、世界で一つのデジタル証明書」 (DeepLによる翻訳を改変)

ちょっと難しくなりますがWikipedia。

具体的にどういうものか、ということで馴染みの深そうなものとして、坂本龍一さんの楽譜。

坂本龍一 Ryuichi SakamotoのNFT | Adam byGMO

最近は、筑波大学の落合陽一さんも作品をNFTで販売しています。

一次流通におけるNFTの適正価格は?|落合陽一|note

 

NFTを利用することで、芸術家が自分の作品をデジタル収集品として販売するために使用できる、つまり世界で一つだけの「絵画」を、昔からの絵画のように売ったり、取引したりすることができるようになり、注目されているというわけです。特に、投資目的での視点が大きくなっているのですが、一方でこの技術の持つ意味というのはもっと深く考えるべきでしょう。例えば、この記事などはそういう「投資目的ばかり考える人に欠けた重要な視点」を説明しています。

デジタル画像が数億円!「NFTバブル」本当の正体:投資目的ばかり考える人に欠けた重要な視点

引用「NFTの所有価値とは「単に持っているだけでうれしい」という満足感と、「持っていれば売却益を得られるかもしれない」という値上がり期待、つまりコレクションとしての価値です。一方の利用価値は、NFTを起点に他のサービスや体験、権利にアクセスすることを通じて得られる効用を指します。」

わたしもこの本を聴いて勉強してみました。

ここでは、以下にも出てくる基本的な用語についてごく簡単に解説しておきます。


ブロックチェーン:
データベースのひとつで、取引の記録を暗号技術を用いて多くの関与者に分散して保持させる仕組み。

ブロックチェーン - Wikipedia

 

イーサリアム:有名なビットコインについで、時価総額で2番手の仮想通貨

イーサリアム - Wikipedia

イーサリアム|証券用語解説集|野村證券


DAO: Decentralized autonomous organization
自律分散型組織、ブロックチェーンに基づく組織の形態の1つ。

Decentralized autonomous organization - Wikipedia

 

ガス代:ネットワーク手数料


NFTと学術:最近の話題
これについては、2021年6月にネイチャー誌のニュースに出たこの記事が必読です。もう半年以上前のことですので、古い動向になってしまいますが。。

How scientists are embracing NFTs(科学者がNFTをどのように受け入れているか)

ここでは、この記事を含めて、NFTと学術の動向として注目される点を5つに分類して紹介しておきたいと思います。


1)アーツとしての科学アーカイブ
例えばノーベル賞になったような大発見の「ノート」が博物館に飾られて、記念的な芸術作品と同じような価値を持つというのは、これまでもあったと思います。こういうものがNFTに結びつくというのは、あるでしょうし、時には「お宝」のように高額の価値がつくとは思います。でも、高値で売れて、研究費を得ることができるかもということのほかに、科学研究に直接的にどう役立つのかはよくわかりません。つまり、芸術作品と同じような感覚で理解しておけばよいものと思います。

以下のソースは以下の記事からです。

How scientists are embracing NFTs

(2021年)6月8日、カリフォルニア大学バークレー校は、ノーベル賞を受賞した癌研究者のジェイムズ・アリソン(京大の本庶佑さんとノーベル生理学・医学賞を受賞した研究者)の研究に関連する文書について、50,000ドル以上でNFTを競売にかけた。また、将来のNFTオークションのために、CRISPR遺伝子編集のパイオニアの1人であるノーベル賞受賞者のジェニファー・ダウドナの関連ドキュメントからデジタルアートワークを作成した。
ノーベル賞に基づくNFTの初めてのオークションは、カリフォルニア大学バークレー校で50,000ドルを獲得しました。ジム・アリソンのノーベル賞を受賞した発明のNFTは、6月8日に22 ETHでオークションにかけられ、その85%が研究と教育に資金を提供するためにカリフォルニア大学バークレー校に送られる。落札者は、分散型自律組織(DAO)に資金をプールしてNFTに入札した31人のカリフォルニア大学バークレー校の卒業生のグループ。

(2021年)6月23日から30日まで、WWWを発明したコンピューター科学者の"ティム"バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)は、入力されているコードのビデオとともに、元のWebブラウザーのソースコードをNFTとしてオークションにかけた。

この記事によると、こうしたものを扱う専門のプラットフォームをRMDS labが開始するようです。

 

2)科学的なデータそのもの
次に、科学的なデータをNFTと結びつけるというアイデアです。例えば、ゲノム情報というビッグデータについて、そのデータそのものをNFTと結びつけるということが考えられます。有名人のゲノム塩基配列をNFTに結びつけて、それを売る。こういうのは、科学的に得られるいろいろなデータそのものをNFTに結びつけるということが可能になるでしょう。しかし、例えば、個人のDNA配列を品物のように取引することが、倫理的に許されるのか。製薬会社などがもしかしたら欲しがるかもしれませんし、あるいはこれまでは無償で公開されてきた生物のゲノム配列などが有料になってしまったら、と考えると、いろいろな問題が起こりうることは容易に考えられます。


生物学のパイオニアであるGeorge Church博士(ハーバード大学)と彼が共同設立した会社であるカリフォルニア州サンフランシスコのNebula Genomicsは、Church氏のゲノムのNFTを販売しています。Church教授は、バイオ系でもヒトゲノムプロジェクト、マンモスの復活、ゲノム編集など、いろいろ物議を醸し続けている研究者です。

「Nebula Genomics社の共同設立者であり、ハーバード大学医学部遺伝学教授のジョージ・チャーチ教授が、自身のフルゲノムをNFTとしてオークションに出品します。チャーチ教授のDNAは、これまでに解読された最初のゲノムの一つとして、無数の研究、論文に使用され、科学と人類の歴史における極めて重要な瞬間を象徴しており、パーソナルゲノムの分野にとって非常に大きな歴史的意義を持っています。」(Nebula Genomicsのウェッブサイトより、DeepLで翻訳)


3)学術出版とNFT
既に一般書でも、書籍とNFTという形で、出版業界は色めき立っていると思います。

おそらく、こういう方向は間違いなく、学術出版でも重要な方向であると思います。

 

一方で、書籍ではなく、学術論文の出版では、もう一つ大きな動きがあります。プランSなどに代表される誰でも無料で論文が読めるようにするという「オープンアクセス運動」です。例えば、論文の電子ファイルをNFTに結びつけるということになると、このオープンアクセス化とは全く逆の状態に戻ってしまうので、こういう動きとは対立してしまうかもしれません。

 

しかし、こういう実験的な試みも行われています。

論文を公開するのに、雑誌でも、プレプリントでもなく、NFTで行う

ニューヨーク大学の教授であるバイオインフォマティクスを専門とするDavid Greshamさんが、生物系の代表的なプレプリントサーバであるbioRxivに「Modifying Reference Sequence and Annotation Files Quickly and Reproducibly with ref orm 」という新しいツールを紹介する原稿を投稿したところ、bioRxivに掲載してもらえなかったということがあったそうです。

論文誌に投稿したものの掲載してもらえず、この原稿をどうするのか、と悩んでしまい、この電子原稿にNFTをつけて、公開したということです。

「0.00186イーサリアム(鋳造時に3.78米ドル)の価格で、紙にNFTを鋳造しました。NFTは、私たちの論文のインスタンスである元のデジタルファイルの記録(および所有権)を確実に保持します。NFTを作成し、ブロックチェーンを使用してこのイベントを記録することで、公開された論文を検討できます。」

要するに、デジタル化した論文原稿を、学術雑誌といった従来の方法で発表するのではなく、NFTをつけて発表して、「クレジット」を取ったということです。

NFTs for Scientific Research: Initial Thoughts

この記事では、NFTの対象になりうるものとして、こんなものがあるだろうと言っています(当たり前ですが。)。

科学的結果と研究提案を提示するPDF / Word / Latexファイル
さまざまなファイル形式のデータセット
ソースコードのZipファイル

How NFTs could transform health information exchange
Can patients regain control over their health information? 

 

4)研究費、研究資金調達への利用?
実は私がこの問題に強く関心を持つきっかけとなった記事があります。

この記事なのですが、このなかでスタンフォード大学のAndrew Huberman博士が登場してきました。実は、私はHubermanさんとはとは同じ部屋で研究をしていたこともある知り合いです。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6674562/

Huberman「ラボが自己資金で賄うことができれば、科学の展望を永遠に変えるだろう」

Hubermanさんが言っているのは、この寿命と健康寿命の延長のための医学的研究への資金提供に焦点を当てたVitaDAOというものです。


VitaDAOは研究者からの研究提案を検討して、出来上がった知的財産を所有、開発、および収益化するようです。一方、VITAトークンの所有者は、VitaDAOによる検討の意思決定とガバナンスに関与して、データの管理とDAOのIPポートフォリオを管理することになるということらしい。

 

5)卒業証書や単位証明書にNFTを使う?
We Wondered If NFTs Could Change Education, So We Decided to Sell This Article on the Blockchain

学費稼ぎのためにNFTアートを売る医学生の話がでてきますが、「卒業証書や単位証明書のためにNFTを使う」というようなアイデアが気になりました。

 

まとめと個人的な感想
生物や医学系のアーツや写真みたいなものはNFTの対象に十分なりうるでしょう。本などの出版物に関しては、可能性がかなりあると思います。こういうものは、個人レベルで利用するというものなのでしょうが、現状、多くのhttps://opensea.ioなどのNFT取引が仮想通貨での取引だけだったり、ガス代が結構高かったりで、なかなか通常の研究者あたりですと手が出せないものなのかもしれません。また、科学論文については、オープンアクセスの方向を考えると、なかなか単純なものではないような気がします。

 私が、特に、興味があるのは、研究費用獲得のための方法として、活用できるのではないか、ということです。最近はクラウドファンディングというものがありますが、こういうものの一つとして、上で紹介したvitaDAOのようなものは興味深いと思います。これを読んでいる方で興味がある方がいらしたら、一緒にやってみませんか。