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ポスドクとは何か?(日経記事の誤り)

今回は、「ポスドクPostdoc」問題についてです。

ネットでは、日経などで紹介される「ポスドク」の定義がおかしいということが、いつも話題になります。

 

「博士号の取得後、大学の教員になれず企業にも就職できない「ポスドク」問題が指摘されている。」

 

Googleなどで検索すると、こういう辞書の内容がトップに表示されます。

ポスドクとは何? Weblio辞書

ポスドク」とは、ポストドクターの略。 博士号(ドクター)を取得しながら、大学などで正規のポストに就けず、非正規の立場で研究活動を続けざるを得ない任期付き研究者のことです。 博士研究員とも呼ばれます。」

 

こういう定義ですと、ポスドクというのは能力が足りなくて、正規の大学の教員(助教、准教授、講師など)になれない劣ったダメ研究者だという印象を持ってしまう人も多いのではないでしょうか。

 

Wikipediaには博士研究員という項目があります。こちらは少し詳しく、他国の状況なども書いてあります。

 

少なくとも米国では、ポスドクというのは、大学院で博士号(PhD)を取得した後の次のキャリアとして、ほぼ必須なトレーニング期間であるとみなされています。もちろん、博士号を取得した直後にポスドクを経ずにそのまま教員になったりする人もごくまれにいないことはないですが、これは例外中の例外と言ってよいでしょう。

 

先日のTwitterでの投票の結果です。

 

米国では、ポスドク後にアカデミアで大学の教員(通常、独立したPI、テニュア・トラックのAssistant Professor)になる人、そして企業に就職して研究を行う人、起業する人などがいます。

 

また大学院で博士を取った研究内容とは分野を変えるのが良いという認識があって、そのまま同じ研究室や全く同じ研究内容で研究を続けるというのは特殊なケースというイメージがあります。

 

研究室には、ポスドクを希望する人が訪問してきますが、こういう人たちを英語では「Postdoc shopper」といいます。また、こういう人たちがラボを選ぶことを、「buy a postdoc」と言います。この場合、「ポスドクを買う」というのは、教授が人身売買のようにポスドクを買うのではなくて、ポスドクの候補者が「ポスドクとなるラボを買う」という意味です。つまり、先端的なところですと、ポスドクというのは、教授が選ぶのではなくて、ポスドクが自分のために良いトレーニングを受けられるようなラボを選ぶということです。

 

つまり、ポスドクというのは、研究者の研究の視野を広げて、より創造的な研究を行うため、そして独立性の高い研究を行うための準備段階という研究者の重要な育成ステップであるわけです。バイオメディカル系ですと、NIHのK99/R00というプログラムがあって、ポスドクをやっているラボで、将来独立するためのグラントを取得することが成功する研究者のキャリアの模範みたいになっています。

 

一方、日本の場合、日経新聞の「大学の教員になれず企業にも就職できない」というような説明がでてくるのは、日本の大学の先生の間でも、そんな認識を持っている人がいるということなのかもしれません。これは、まず大学の教授の先生などの教育が必要であるということなのだと思います。

 

そして、日本のポスドクは、大学院と同じラボで同じ研究を続けるようなケースが多かったりする。そして、独立した研究者になるための体系的システムが存在しない、テニュア・トラックの概念の本質をよく理解している人が、事務(文科省の官僚)、大学の運営者、教授、そしてポスドクでも少ないということもあるのかもしれません。こういうことで、日本では「ポスドク」にネガティブなイメージを抱くようになっているのかもしれません。

 

ポスドクは、研究者の可能性を伸ばして、創造的な研究を行うために必要なトレーニング期間であるとし、独立した研究者育成を目指すことを支えるような施策が必要であると思います(NIHのK99のような)。そして、何よりも大切なのは、ポスドク自身(院生時代を含めて)の意識を変えること、教授や主任研究者などが自らの研究を遂行するためだけにポスドクを使うのではなく、もっと「トレーニング」という意識を持つ必要があるのではないでしょうか?

 

繰り返しますが、この定義は間違いで、問題の解決をおかしな方向に誘導してしまう危険性があります。日経新聞の記者はしっかりと取材して欲しいです。

「博士号の取得後、大学の教員になれず企業にも就職できない「ポスドク」問題が指摘されている。」

そして、研究者育成のキャリアや研究推進の全体像を見ることなく、その場かぎりの取り繕うような施策ばかり行っている文科省とそれを取り巻く識者、そして無関心な政治家の見識こそ、批判されるべきだと、私は思います。

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