神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張など。
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脳科学研究に感じるフラストレーション

ガチ議論「脳科学は次の10~20年に何をどう目指すべきか?」に私の意見を投稿しました。

脳科学は次の10~20年に何をどう目指すべきか? | 【帰ってきた】ガチ議論

 

「世界の脳科学」を意識するということは、それを承知した上で本質的なことに取り組むということです。私は、世界を知っているか、流行を知っているのか、というのが、独自なことに取り組む、流行をやらないということで非常に重要なことだと考えています。ところが、日本の科学者は、世界や流行を知ることなく、世界的には陳腐なことや遅れた流行をやってしまうという傾向が強いのです。意識、スパコン、モデル生物(マーモセット含めて)、ゲノム編集、疾患などにしても、世界では皆同じようなことを言っているように思います。

 

また、世界の脳科学のなかでは、科学政策的、予算的な配慮から、総説を書いたり、グラントを取ったり、シンポジウムに呼ばれたり、賞をもらったりして、祭り上げられているような内容や研究者も多い印象ですが、そこをどう見極めるか、という視点も大切だと思います。選択と重点化することで、周辺分野から人材を吸い上げるために、選択されなかった領域や人材を干して潰してしまうという風潮もますます強まっています。

日本の「選択と集中」の何が問題なのか(図) - わがまま科学者

 

 個人的には、現在は、コネクトミクスの夜明けではなく、コネクトミクスの黄昏ではないか、と思っています。おそらく、Googleなどの巨大IT企業や中国など桁違いの投資や人材の投入をしているような企業や国の存在も考慮しないと「世界の脳科学」を意識したことにならないと思います。資金力、対外排他性(オープンサイエンスの意識が不十分)、特にIT関係の層の薄さが日本の神経科学の大きなネックになっていきそうです。ビッグサイエンスについては、物理学の加速器みたく、あまり個人などを意識することなく、科学そのものを推進するという意識が大切になるのではないかと思います。

 

もちろん、小さな個人を中心にした研究というのは、昔からありますし、こちらも大切です。個人的に感じているのは、あらゆる点で、「多様性」が大切でないか、ということです。最近もネットでは、若手、女性を含めて「おじさん」「じじい」的な人たちの行動様式が議論されていましたが、こういう「おじさん、じじい」的な要素の強い研究プロジェクトの運営をどうするのか、ヒラメ化して忖度ばかりしている若手研究者の姿というのがもっと議論されるべきではないでしょうか。

他人をバカにしたがる男たち (日経プレミアシリーズ)  – 2017/8/9 河合薫   (著)

 

(続き)

個人的には、例えば記憶や意識とか、多くの先生方の研究が私が本当に知ってみたいところに、全く答えてくれないので、フラストレーションを感じています。

 

「コネクトミクスの黄昏」というのは、コネクトミクスというキャンペーン用語の終焉段階にあるという意味です。コネクトームというのが、キャンペーン用語であるという印象があったのですが、そういう意味での使用がなくなりつつある。昔は、ゲノミクスという言い方があったのですが、最近はあまり見かけなくなっていると思います。ゲノムが安価で読めるようになって、その方法論も大げさなものでなくなっているということなのだと思います。ただ、コネクトミクスに関しては、依然として、精密な科学的知見そのものより、いい加減でも「美」を競う、雑誌やニュースの表紙を飾るみたいなところがあって、そういうところにある種の黄昏を感じるわけですが。。

コネクトーム - 脳科学辞典

 

日本の場合、神経科学研究の大きな基盤が医学分野にあります。医学教育は最近カリキュラム的にもきつくなってきているので、医学者を育成するカリキュラムではICT関係、特に本格的なプログラミングは扱えないのではないでしょうか。教授世代ですと、学生時代に存在もしなかった領域、例えばディープラーニングなどを学生レベルから自分で勉強しているという先生は珍しいのではないでしょうか。こういう状況では、ますます手が打てないということになりそうです。医学分野のみが主導する神経科学者のサポートではなく、違う分野からのアプローチがとても大切だと思います。

 

(続き)

記憶や意識の「本当に知ってみたいところ」。例えば、記憶ですと、単語やメロディがどうやって記憶されているのか。意識ですと、ネアンデルタール人に意識があったのか、とか。。

 

最近もムーンショット研究なるものが話題になっています。ムーンショットという非常にシンプルですが、当時は不可能に思われたような課題を出すことも、また脳科学の10-20年のアプローチに大切だと思います。うまくいかなくて恥をかいても、インフラの整備などには役立ちますし、アウトリーチとして関心を呼び起こしサポーターを掘り起こすのにも有用でしょう。表層的に難しさを強調して自慢するような課題名、量子コンピュータなど定義を混乱させて売り込むテーマ、そして官僚的なキラキラネームが目立つ今日ですが、やはり原点に立ち返り、謙虚な姿勢で研究に取り組みたいものです。

  

参考

コネクトーム - 脳科学辞典

 

 

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ハーバード・セム博物館のCode of Hammurabi, 1754 BCE(撮影は私)

 

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黄昏るハーバードの風景