神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張など。
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あなたはインパクトファクターで選ぶのか?

2年ほど前に、「公的組織はインパクトファクターを利用するな」というブログを書いたところ、このブログ記事へのアクセスが今でも非常に多いのです。どうも、「インパクトファクター」というキーワードでWeb検索すると見つかってしまうようです。

 

今回は、その続きみたいな内容です。6月末にクラリベイトアナリティクス社が、Journal Citation Reports 2018年版を発表して、「日本の科学と技術」さんのサイトでも話題になっています。

インパクト・ファクターが発表される | 日本の科学と技術

 

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あなたはインパクトファクターで選ぶのか?

そこで、こんな投票をTwitterで行ってみました。364票という数で、研究者の実態を表しているのではないか、と感じます。

 

私自身、昔は生化学をやっていましたが、最近は離れています。ただ、私個人的には、JBC, プロスワン、サイレポ、Cell Researchの順でしょうか。以下に、それぞれの雑誌の特徴を解説しながら、その理由を簡単に説明したいと思います。

 

1)JBC (Journal of Biological Chemistry)
1905年創刊という学会誌ですが、近年、インパクトファクター値が激落してきている雑誌の1つです。長い歴史があり、様々な重要な論文が掲載された雑誌ですので、ブランドがあり、内容がしっかりしているというのが一般的な見方ではないでしょうか。例えば、2014年のネイチャー誌のWeb of Scienceを用いた分析によると、歴史上、最も引用された科学論文(物理学、医学等すべて含む)は、Oliver Lowryのタンパク質定量についての1951年のJBC論文だそうです(私とOliver Lowry氏の関わりについては、このブログを参考)。また、下からダウンロードできるエクセルファイルを見ると、歴史上最も引用された100論文のうち8報がJBC。これは、4報のNature誌の倍です。


The top 100 papers:Nature explores the most-cited research of all time.

こちらから歴史上最も引用された科学論文のリスト(エクセルファイル)をダウンロードできるようにしておきました。 

WebofSciencetop100.xlsx - Google ドライブ

(引用元:The top 100 papers:Nature explores the most-cited research of all time. Van Noorden R, Maher B, Nuzzo R. (2014) Nature. 514:550-3)

 

30-40年くらい前には、日本国内からでも、JBCに出せるラボというのはそんなに多くなかった。40-50年くらい前だと、Natureというのが結構いい加減な論文を多数掲載していましたし、Cellは1974年の創刊で当初は大した雑誌ではありませんでした。そのころは、きちんとした研究を発表する時には、学会誌でフル論文を掲載するJBCというのは第一選択だったと思います。

しかし、いろいろな要因、それはCellやNature、そしてその関連雑誌の出現や、次に説明するオープンアクセスのメガジャーナルの隆盛のなか、JBCという雑誌の存在感が薄くなってきている。しかし、しっかりとした研究を掲載し続けているという意味では、信頼性や尊敬度が高いということであると思います。

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↑ JBCのインパクトファクター経年推移(クラリベイトアナリティクス社Journal Citation Reports, 2018による)。  http://jcr.incites.thomsonreuters.com/

 

2)PLoS-ONE とScientific Reports
両者とも、歴史の浅いオープンアクセス雑誌。しかし、オープンアクセスで投稿者が金銭を払って論文を発表するというビジネスモデルを最初に始めたPLoS (Public Library of Science)の雑誌であるプロスワンの方が老舗です。一方、サイレポは、nature.comのサイトに掲載されるので、リンクだけみれば、ネイチャーに掲載された論文と勘違いするというトリックを使っているとよく言われますが、最近は論文数が激増しているオープンアクセス雑誌です。

 

PLOS ONE: accelerating the publication of peer-reviewed science

https://www.nature.com/srep/

 

私の感想では、一般論として、プロスワンの方が、科学的にしっかりしているというイメージがあります。一方、サイレポは、科学的に甘いという印象があります(あくまで一般論で、そういう論文が多いという印象であって、決して、それぞれの論文の価値を議論しているわけではないです)。私は投稿したことがないので知りませんが、どうも、サイレポは、査読者が1名であることが多く、査読が比較的甘いという噂があります。もちろん改善はされていくでしょうが、インパクトファクターがプロスワンより少し高く、より容易に通るということであれば、投稿者も増えるでしょう。数年前までは、PLoS-ONEが、メガジャーナルとして上位だったのですが、最近は、サイレポが上位になっているということです。

 

Scientific Reports誌が出版論文数でPLOS ONEを逆転(記事紹介) | カレントアウェアネス・ポータル

 

日本の大学などのプレスリリースやマスコミの報道を見ていると、最近はサイレポの発表論文の報道が非常に多いという印象があります。その意味では、サイレポの方が元気がよいということなのでしょう。でも、しばしば何か抜けているという印象を受けたりするので、改善が望まれます。

 

3)Cell Research

Cell Researchは、最近、科学研究が大きく躍進している中国の雑誌です。これも、Natureのドメインを使っています。一般論ですが、この雑誌の掲載論文は、確かにデータの量は多いが、科学研究としての新規性に欠ける論文が多いという印象です。したがって、私はほとんど見ることがありません。でも、インパクトファクターは、15.4(2018年発表)ということで、いわゆるCellやNatureの関連雑誌と同じような高さがあるわけです。しかし、あまり知名度がなく、先日、2018年のインパクトファクターを紹介していた「日本の科学と技術」さんのサイトでも、この雑誌は無視されてしまっているようです。

この雑誌の被引用回数が高いというのは、少し特殊な状況があるという印象を受けます。人数が多いコミュニティがあって、そこでお互いに引用し合えば、被引用回数が増加しているのでしょうか。最近、日本発の論文数が少ない、論文の被引用回数が少ないというような議論がありますが、こういう要因というのはあまり考慮されていないような気がします。

日本でも、生化学関係ですと、生化学会のJ. Biochemistry (Tokyo)や、分子細胞生物学会のGenes to Cellsという国内の学会が運営している雑誌があります。日本発のインパクトファクターの高い雑誌を目指そうということで鳴り物入りで始まったGenes to Cellsですが、どうもそのようにはなっていないような印象を受けます。昔、生理学者の江橋節郎先生は、その研究をJ. Biochemに積極的に掲載して、J. Biochemの評価が非常に高まったという話がありますが、今ではそういう気骨のある研究者というのはいなくなってしまったのでしょうか。

江橋節郎 - Wikipedia

 


雑誌の特性、インパクトファクターの足し算?

さて、投票では、Cell Research, JBC, サイレポ、プロスワンの順番でしたが、インパクトファクターが高いCell Researchに論文を掲載したいという方が多いので、私個人としては、少し意外でした。

 

インパクトファクターというのは、それが高い雑誌に載せるほど良いことだと言う人がいる(特に、官僚とか)。更にはインパクトファクターは足し算が可能だというような論理がある(最近も医療ドラマ「ブラックペアン」で話題になっていました)。

 

Vol.2:監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”|TBSテレビ:日曜劇場『ブラックペアン』

 

でも、インパクトファクターでは、JBCに見られるような雑誌の特性というのはほとんど表現できないです。それは、他の「被引用回数」を根拠にしたメトリックスでも同じでしょう。

 

また、インパクトファクターは雑誌の評価であって、それを個々の論文の評価に用いるのは、基本的には間違った使い方です。ですから、雑誌の評価指標であるインパクトファクターを、個々の論文の評価に使って、複数のものを「足し算」するというのは間違っています。もちろん、インパクトファクターの計算式は、対数のような関数を使っていないので、足し算することが数学的に変ということはないと思いますが、しかし、それをやりたがる人がいるのです。インパクトファクター15.4のCell Research1報と、インパクトファクター4.0のJBC3,4報出すのと、どちらにするべき、と言えば、間違いなくJBC3,4報の方だと私は思いますが、どうでしょうか。JBC3, 4報出すのは、相当大変だと思います。あるいは、インパクトファクター値はCell Researchの半分くらいですが、インパクトファクターを殺したいと言っているeLifeなどは良い雑誌だと思います。

 

また、今年のクラリベイトアナリティクス社Journal Citation Reportsでは、それぞれの雑誌の個性を示すために、引用の状況や投稿している国、機関などを詳細に掲載しています。JBCは、最近は日本からの掲載論文より中国からの掲載論文数の方が多いということがわかりました。

 

また、よく言われるように、論文のインパクトファクターを決めている主な要因は、掲載論文全体ではなくて、一部の被引用数の高い論文の存在であることが改めてわかります。つまり、雑誌のインパクトファクターとは、個々の掲載論文の質ではなく、被引用数の高い掲載論文が出現する頻度の指標と言うべきなのでしょう。

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JBC掲載論文の被引用分布(クラリベイトアナリティクス社Journal Citation Reports, 2018による)。  http://jcr.incites.thomsonreuters.com/ 

 

被引用分布の重要性について議論したbioRxivのプレプリント。

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いずれにしても、しっかりと研究することが大切だと思います。そして、そういうのを、しっかりと反映してくれる雑誌が私は好きです。

 

最後に、インパクトファクターをむやみに用いないようにするという宣言DORA、ライデンマニフェストのサイトへのリンクを付けておきます。

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DORAの和訳。

[drf:3846] 【翻訳】 San Francisco Declaration on Research Assessment(DORA)