神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張など。
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日米の巨大脳科学プロジェクト

今年も8月終わりということで、来年度(2015年)の文部科学省の概算要求が公表されました。脳科学研究戦略推進プログラム・脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトとして、前年度から16%増加の64億円あまり(6,367百万円(前年度5,483百万円))の予算が要求されています。

具体的には、項目10の「科学技術・学術政策局、研究振興局、研究開発局」の資料をご覧になるとその詳細がわかりますが、参考のために、その一部のポンチ絵だけを下に置いておきました(著作権法第13条)。
平成27年度文科省概算要求等 http://www.mext.go.jp/a_menu/yosan/h27/1351647.htm
brainsmall


「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(通称、「革新脳」)については、以下に簡単なまとめがあるので、参考にしていただきたいと思います。
http://www.jnss.org/140630-01/

さて、私は、2014年1月から3月まで、日経バイオテクに「脳科学の未来」と題する連載記事を書かせていたできました。
http://masahitoyamagata.blog.jp/archives/1970798.html

その最終章で書いたのは、批判であり応援である以下のような文章でした。しかし、実際には、現時点(2014年夏)でも、その状況はそれほど改善していないという印象を受けています。少なくとも、私には、日本の脳プロからは、例えば米国のBRAINイニシアティブがしばしば引き合いに出す「アポロ計画」「ヒトゲノムプロジェクト」に匹敵するものとして実行しようとする意欲が伝わってこないのです。
「日本でも脳科学についての同様な研究計画は策定されている。しかし、世界の脳研究のこのような流れを紹介した米国で目にする英文記事の中では、日本の対応プロジェクトについて記述されていることが極めて少ない。少なくとも、筆者は個人的にそのような体験をしばしばしており、ショックを受けることがある。日本にも多くの優れた確立された脳科学研究施設、大学があり、卓越した脳科学者、神経科学者や、将来を担う若手研究者がいる。ところが、脳科学の転換期にあるというグランドデザインの点で、欧米からみて埋没している状態になっているのではないか、危惧されるところである。」

私は、日本の脳科学を、本当に意欲的に進めるなら、概算要求している60億円の倍くらいを、最初に出して、人材や施設の基盤を強化するのに使う必要があるのではないか、と思うのです。米国のように基盤があれば、少しずつ増やしていけばよいですが、日本の場合は基盤(特に人材)が弱いのですから、この辺を最初にやると効果的であると思います。

今回は、その脳科学の未来」の第3回「BRAIN Initiativeを読み解く」の部分を、このような日本の脳科学発展の議論のきっかけとするために、若干、手直しして公開しておきたいと思います。ちなみに、NIHのBRAINイニシアティブとNSFの関連プロジェクトのホームページは以下です。

NIHのBRAINイニシアティブ http://www.braininitiative.nih.gov/

NSFのBrain研究 http://www.nsf.gov/brain

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脳科学の未来」第3回「BRAIN Initiativeを読み解く」(日経バイオテク記事に追加)
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潤沢な民間財団
これまで2回にわたって、「コネクトームへの挑戦」と題して、脳科学の未来について説明してみた。ここで、科学・技術の解説は、一休みして、少し違った角度から、米国を中心とする脳科学の未来について考えてみたい。ファンディングのあり方、科学技術研究体制の観点からである。

これは、脳研究だけの話だけではない。米国のバイオメディカル研究で特徴的なのは、民間財団の力が非常に大きいということだ。民間財団は、それぞれの財団の趣旨に従って、特定疾患の研究、リスクのありすぎる研究、ヒトES細胞のように宗教的・倫理的議論のある研究など政府研究費が支援しない、あるいはできないようなところに研究費を自由に機動的に配分できる。そして、Howard Hughes医学財団(HHMI )などに代表されるように、この低金利時代にあっても驚くほどの資金力があるのだ。これは米国社会に特有な大富豪の存在、寄付税制、そして宗教といった複合的な社会背景などから、こういう伝統が形成されたということだろう。オバマ大統領と米政府が打ち出した今回のBRAIN Initiativeの特徴の1つとして、このような民間財団の力を存分に活用して協力させようというのが特徴になっている。
3-Figure1


今回のオバマ大統領BRAIN Initiativeの基本コンセプトのきっかけとなったのは、Kavli財団の発案だといわれている(詳しくは、http://www.kavlifoundation.org/)。Kavli財団は、センサー部品メーカーの創業者であり、2013年11月に亡くなったFred Kavli氏によって設立された財団である。米国のColumbia大学やKavli氏の故国であるノルウェーなどの大学に、天体物理学、ナノサイエンス、理論物学、そして神経科学の研究施設を設置しているほか、これらの分野にKavli賞を出したり、シンポジウムなどのミーティングの支援をしている。特に、BRAIN Initiativeの中核ともなる「Brain Activitiy Map (BAM)」について意欲的なのがこの財団である(http://www.kavlifoundation.org/brain-initiative)。これについては、次回の寄稿の中で、更に説明したい。

こうした民間財団の中には、既に科学プロジェクトとして、大量の脳科学関係データを創出しているものもある。代表的なのが、西海岸シアトルにあるAllen脳科学研究所だ(Allen Institute for Brain Science、詳しくは、http://www.alleninstitute.org/)。マイクロソフト社の共同創業者の一人であるPaul Allen氏の脳科学への興味から2003年に設立されたAllen脳科学研究所は、脳神経科学者に使える有用なリソースを無料で公開している。神経科学者の間で最もよく知られているのは、Allenブレインアトラスであろう(詳しくは、http://www.brain-map.org/)。初期のプロジェクトとしては、マウス脳で発現している遺伝子のin situハイブリダイゼーション用のプローブを作製し、それを自動化した装置で、脳など神経系の連続切片を使ったin situハイブリダイゼーションを行い、それらの画像をコンピュータで整理したデータベースを作製し、オンラインで公開してきた。特に、連続切片という多量の画像をどのように公開するか、という技術において、マイクロソフト社と関係した研究所であることを遺憾なく発揮している。更に、ヒト脳や発生段階のマウスなどでの発現マップを作製したり、コネクトームの基礎となる情報なども新たに開始した。また、神経科学研究コミュニティに役立つ様々な遺伝子操作マウスを多数作出している。例えば、脳で発現する様々な遺伝子に組み換え酵素Creなどを組み込んだドライバーライン、そしてそれを検出したり利用する様々なレポーターラインを作製してきている。これらは、マウスの系統を多数維持ししているJackson研究所を通じて、研究者コミュニティが容易に入手できるようになっている。

更に注目すべきは、Allen脳科学研究所が、認知脳学者Cristof Koch博士、更に大脳のコネクトミクスを開始したClay Reid博士をリクルートし、更に意欲的な研究を行おうとしていることだ。Koch博士は、脳科学に大きな関心をいだいたDNA二重らせん構造の発見で有名な故Francis Crick博士との交流をきっかけに、「意識」や「クオリア」についての実験的アプローチを試みる研究者として著名である。Reid博士は、大脳の視覚野を研究するHarvard大学メディカルスクールの教授であったが、Harvard大学では十分な研究施設が用意できないことから、Allen脳科学研究所に移籍したという。この2人の卓越した神経科学者のもとに、250人程の科学者や技術者が集まり開始されたプロジェクトが、「MindScope」である。MindScopeでは、特に、マウス大脳の視覚野に注目したコネクトームとコネクトミクス、更に神経活動の網羅的観察、理論的解析までが実施される予定である。大脳ということで、難しさも伴うが、野心的なプロジェクトである。

Howard Hughes医学研究財団(HHMI)は、全米最大の基礎医学領域の民間財団で、その援助した研究者からノーベル賞受賞者などを多数輩出している(詳しくはhttp://www.hhmi.org/)。例えば、2013年にノーベル賞を受賞した神経科学者Tom Sudhof博士は、HHMIにサポートされた研究者であった。基金規模は、約160億ドルで、年間8.25億ドルを生物医学分野に投資している(2011年)。これは科学技術全分野の研究をサポートしている日本の科学技術振興機構JSTの年間予算にも相当するような規模である。また、生物医学系の教育や普及にも積極的である。HHMIが、2006年、首都ワシントン近郊のヴァージニア州に建設した研究施設Janelia Farmでは、コネクトミクスなどの脳関連研究が意欲的に実施されている(詳しくは、http://janelia.org/)。特に、小さな研究グループを多数作り、グラント申請などに煩わせることなく、共同研究を盛んにする運営方法は、生命科学系では今までなかった科学研究施設の姿としても、注目されている。

BRAIN initiativeに積極的なもう1つの研究所は、カリフォルニア州サンディエゴ近郊ラホヤにあるSalk研究所である。1963年に設立されたSalk研究所は、生命科学系に特化した卓越した研究所であり、生物医学の分野では設立半世紀を経た老舗の研究所であるが、神経科学者も多数在籍している。神経科学研究では、世界的に評価が高いカリフォルニア大学サンディエゴ校とも近接している。Salk研究所が、「Dynamic Brain Initiative」と名づけたプロジェクトもこのような環境で企画されたものである(詳しくは、http://www.salk.edu/campaignforsalk/brain.html)。

このような民間財団は、NIH研究費などの政府系のものとは使い勝手が違うというところに特色があるのだが、オバマ大統領のBRAIN Initiativeでは、政府系のプロジェクトとの協力的な関与がことさら強調されている。研究者コミュニティに対しても、頻繁にシンポジウムの開催を支援するなど、より多くの研究者の役に立とうとする意欲が極めて高い。思い起こすと、ヒトゲノム計画では、NIHなどが主導した公的なプロジェクトが初期には先行していた。ところが、1990年代後半になると、Craig Venter氏が設立した民間会社であるCelera Genomics社が、独自の方法を用いて、先行していた公的プロジェクトを追い越してしまったということもあった。公的なヒトゲノム計画の「失敗」とも言われる過去のこのような経験も、民間との協力関係を重視することに関係しているのだろう。もちろん、次項で議論するような米国財政状態の問題とも関係しているのは想像に難くない。

Sequester問題、軍事研究
BRAIN Initiativeを提案したオバマ大統領であるが、米国の財政は危機状態にある。広い分野の予算を一律削減するいわゆるSequester問題で、NIHの研究費なども厳しい状態にあるのはよく知られている。2013年秋には、共和党を多数派とする議会と民主党の大統領の対立から、政府機能が一時停止するなどの事態に落ちいった。これは、医療や製薬会社とも密接に関係する健康保険制度についての政策上の相違から生じたものである。いずれにしても、限られた財政の中で、支出の機動性が失われているのが実情だ。それでも、2014年1月15日、オバマ大統領は、BRAIN Initiative予算も含むSequester削減分の補正予算案に署名し、BRAIN Initiativeの研究費募集が本格化している。ただ、まだ準備段階という認識であり、BRAIN Initiative関係の研究費の総額は小規模なものである。ちなみにNIHで現在募集しているBRAIN Initiative初めてのグラント申請は、本年3月24日締め切りで、海外研究機関からの応募も可能になっている。具体的には、(1) 新しい大規模ネットワークレコーディング法の開発、(2) 神経回路操作の方法開発、そして(3) 神経活動と行動の3分野への応募が可能である(図2)(更に詳しくは、http://grants.nih.gov/grants/guide/rfa-files/RFA-NS-14-007.html)。今回は、革新的な神経活動検出と操作に関する方法論の開発に重点が置かれており、これらの方法論の開発が今後のプロジェクト展開の鍵を握るとの判断からであろう。これとは別に、NIHの通常の外部研究費に加え、いわゆるハイリスク研究という特別枠で、BRAIN Initiativeの基礎となる研究を大きく支援していることからも、この分野に特別な推進意欲があることがわかる(詳しくは、https://commonfund.nih.gov/highrisk/index)。
3-Figure2


ところで、今回のBRAIN Initiativeには、医学系研究を総括するNIH、基礎科学研究を支援するNSFの他に、国防高等研究計画局DARPAが関与している。DARPAは、軍使用のための新技術開発および研究を行う米国の国防総省の機関である。つまり、このプロジェクトは、軍事研究の性格も持つ。DARPAは、歴史的には、インターネットのひな形となるARPANET、そして全地球測位システムGPSを開発した機関でもあり、その研究結果は、民生用用途にも多大な貢献をしてきている。BRAIN Initiativeでも、その結果として、「インターネット」や「GPS」に相当するような世界を一変させる革新的技術が開発される可能性もある。そんなプロジェクトのひとつとして、2013年秋に、DARPAが打ち出したのが、「SUBNETS」と名付けられたものだ(詳しくは、http://www.darpa.mil/NewsEvents/Releases/2013/10/25.aspx)。SUBNETSは、Systems-Based Neurotechnology for Emerging Therapiesの略で、脳に神経活動を検出したり、操作するデバイスを埋め込むことで、負傷兵士や精神神経疾患の患者を治療しようというプロジェクトである。軍事研究というのは、日本国内では、特にバイオ関係の研究では、感染症など一部を除いてはあまり馴染みがない。米国の場合、現実に軍事活動が展開されており、また社会的に影響力のある退役軍人も多いので、大きな社会的意義を持っており、有力大学でも軍事研究に相当する研究が実施されている。これは、米国の科学・技術研究の一側面でもある。例えば、脳研究関係でいえば、負傷した軍人の治療(含む再生医療BMI治療)、戦闘活動に伴うPTSDなどの扱い、更には兵士の睡眠や注意力の制御といった戦闘活動を有利に導く薬物や道具の研究などがある。DARPAのSUBNETSは、このような実情から生まれたものだが、民生用用途への応用にも期待がかかる。

追記オバマ米大統領は、8月終わりに、DARPAの新しいプロジェクトとして、ElectRx (Electrical Prescriptions)と名付けたプロジェクトの開始を発表した。
http://www.darpa.mil/NewsEvents/Releases/2014/08/26.aspx

財政的な厳しさから、現在、宇宙開発などを行う米航空宇宙局NASAなどは、個々のプロジェクトの選択に大きな議論が沸き起こっている。そんななか、NASAの場合、独自の宇宙開発を推進している中国との交流は政府レベルで禁止されている。軍事研究の性格を内在する米国のBRAIN Initiativeが、現在の世界情勢の中で、国際協力について、どのような方向を目指すかは流動的であるが、少なくともヨーロッパ共同体(EU)の対応プロジェクトであるHuman Brain Projectとは、密接な協力関係がある(詳しくは、https://www.humanbrainproject.eu/)。もちろん、科学者としては、ゲノムプロジェクトなどに見られたように、世界全体の科学研究コミュニティーにオープンな方向を目指したいと考えるのが常であり、学会などのコミュニティでは米中間の脳科学研究の交流は盛んである。こうしたなか、日本が、世界的に重点が置かれつつある脳科学研究の動向にどのように貢献できるのかは、国際的巨大科学プロジェクトである線形加速器などと同様に、国家安全保障の面からも、神経科学者の間だけでなく、パブリックを含めてもっと広く議論されるべき喫緊の課題であると思う。

追記:最近のHuman Brain Projectの動きについては、8月初旬に書いた拙ブログを参照。
http://masahitoyamagata.blog.jp/archives/1997601.html

脳科学の未来:研究体制についての私見
ある分野、例えば脳科学の分野に現在より多くの研究費を増加させる場合には、その分野の研究費総額を増加させればよいわけである。しかし、財政に上限がある以上、単純な増加には限界がある。今回、説明したように、財源が公的資金とは全く違う「民間財団」や、同じ公的資金でも「軍事」といった異なる説明責任が可能な分野の予算を振り向けるというのも方法である。

もう1つの方法は、脳科学とは異なる分野と分類されてきた科学研究を、脳研究に誘導して、全体として脳研究を盛んにするというやり方だ。EUのHuman Brain Projectでは、例えばコンピューターサイエンスの研究分野に脳科学を持込み、これまでコンピュータサイエンスに使われていた予算を、脳研究に用いるということが積極的に行われている。脳科学というのが、医学研究にとどまらず、他の科学分野の知識や技術、更には心理学、哲学、経済学、言語学といった文系(日本的にいうなら)をも含めた総合的な学術分野であるというのは改めて説明する必要がない。また、技術開発という面からも、脳とは全く関係ないような科学技術分野に、潜在的に大きな可能性がある。そのためには、こういう異分野との交流を盛んにしなくてはならない。

この点と関係して、米国の脳科学神経科学を考える時、大学での教育システムのあリ方についても議論しておかないといけない。米国の大学教育システムの場合、主要な大学は、リベラルアーツ、つまり教養を重視している。そもそも日本的な理系、文系という明確な区別があまり存在していないといってよい。またそれぞれの学生が、理系と文系科目の2つの専攻を持つことも多い。このような教育システムだと、総合的な学術分野としての脳科学に興味を持つ学生や研究者が育ちやすいのは想像できる。日本国内の脳科学の推進には、日本の大学や大学院の体制を維持するにしても、全体として教育システムを見なおしていかないと、脳科学の盛んな米国のような研究環境を作ることは難しいと思う。

巨大科学と小さな科学
BRAIN Initiativeは、人類月面着陸計画やヒトゲノム計画に相当するような巨大科学なのだろうか。確かに、ヒト脳の脳活動マップ作製というそのゴールは、巨大科学のように見える。そのゴールへの過程では、巨大な設備を必要とするような段階もあるだろう。しかし、一方で、例えば素粒子物理学における線形加速器のように、ある特定の場所に集中的な超巨大な装置を設置するという形の研究になることはありそうもない。ヒトゲノム計画では、米英を中心とする各地にセンター的なものを作り、その目標を達成しようとした。しかし、一方で、独自の方法論を持ったCelera Genomics社の民間プロジェクトが、そのゴールに早く到達してしまったという歴史もある。つまり、ひとたび革命的な方法論がでてくると、スピードが跳躍的に速くなることもある。特に、米国では、真に有望なものが出現すると、短期間のうちにそれを軌道にのせて大規模にする活力がある。

ゲノムのDNA配列の決定は、技術者のチームや自動化された機械が、淡々とデータを積み上げていく工場のような作業である。そして、そこには、仮説もない。単純なデータを蓄積、解析していく科学の姿である。これと同じように、コネクトーム、脳マップ作製というのも、仮説を立てて、それを実験的に試すという科学研究ではない。つまり、仮説を伴わない科学データの蓄積である。このような科学は、創造的な研究者には退屈であり、また次世代の研究者を育成するという観点からも、決して望ましいものではないだろう。つまり、ゲノムプロジェクトの初期において、このような大型研究プロジェクトの功罪について指摘されたのと全く同じ議論も出てくるだろう。特に、電顕を使ったコネクトーム解析のプロジェクト(コネクトームへの挑戦(3)参考)は、このようなステージになってきている。

神経科学は、果たして、巨大科学である必要があるのだろうか。神経科学では、個人あるいは少人数で集中的に研究して、好奇心に基いて、画期的な知見を出そうとする研究者も依然として多い。このような場合、仮説を立てて、それを実験的に検証するという仮説検証型科学研究が主流である。また、科学研究の常として、こうした研究の過程で、偶然による発見(セレンディピティ)もしばしば起こる。これは、古きよき時代の郷愁のようなものかもしれないが、神経科学研究の性格からするとある意味で当然の姿勢であり、このような研究から革新的な知見がもたらされてきたのである。仮説によらない大規模データ収集の科学を目指そうとする方向は、こういう研究姿勢とはどうしても対立してしまう。

いずれにしても、コネクトミクスや神経活動の検出など、鍵となる研究分野で、これ以外の方法は考えられないという「絶対的な方法論」が現時点では確立されていないのである。プロジェクトの初期においては、このような少数精鋭の研究を中心としてみるのが正解かもしれない。BRAIN Initiative委員会の報告書や最初の研究費公募の要項(上述)を見ると全体としては、こちらに傾いているのが実情である。改めて、このフレミングの名言を噛みしめたい。

あることについて、最初の進展を行うのは孤独な働き手だ。細かなことはチームでやれるかもしれない。しかし最初のアイデアは、個人の企画、考え、認識からやってくるものだ。
アレキサンダー・フレミング

さて、日本の脳、神経科学を考えるとき、こういう点については、科学の形態という根本から、これまでタブーと思われたことも含めて議論してみる必要があるのではないだろうか。例えば、日本の科学研究でこういうビッグなプロジェクトの案がでてくると、崇高な目標が安易な数値目標に陥ってしまう。崇高な目標を持つプロジェクトが体裁を取り繕うために、年度ごとの厚い報告書を作ったりすることを目的にすることや、インパクトファクターに代表されるような評価法が馴染むのか、など。「科学・技術研究とは何か」という根底からの議論が必要ではないか、と筆者は思う。

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(10月始めに、この続きを公開できたらと思っています。)

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